Early Joseon Intermediate Folk Tea Bowl Katade Chawan

(Japan) Intermediate Folk Tea Bowl Katade Chawan from Joseon Kingdom.

李朝堅手塩筍盃 「蛙」 : 青蓮亭日記

李朝堅手塩筍盃 「蛙」 : 青蓮亭日記

068 堅手茶碗 銘「秋かぜ」 静嘉堂文庫 その名のとおり堅そうな見た目をしているところからこの名がついています。たいていの堅手はこのように真っ白で、亀の甲羅のように頑丈そうな肌を持っています。形としては上のように少し歪みのあるものが多く見られます。後述の金海茶碗となんとなく似た雰囲気を持っていますがそれもそのはず、両者は同じ金海窯という窯で焼かれたもので、土から来るものなのか、赤焦げた部分が特に同じ特徴を示しています。

068 堅手茶碗 銘「秋かぜ」 静嘉堂文庫 その名のとおり堅そうな見た目をしているところからこの名がついています。たいていの堅手はこのように真っ白で、亀の甲羅のように頑丈そうな肌を持っています。形としては上のように少し歪みのあるものが多く見られます。後述の金海茶碗となんとなく似た雰囲気を持っていますがそれもそのはず、両者は同じ金海窯という窯で焼かれたもので、土から来るものなのか、赤焦げた部分が特に同じ特徴を示しています。

堅手茶碗 銘「長崎」(朝鮮時代、高7.2~7.8㎝/口径13.5~14.7㎝/高台径5.5~5.7㎝、根津美術館、重要文化財)。丸みのある腰とふっくらした胴が、わずかに締められてから口縁で強く外へ捻り返してある、堅手としては珍しい形。灰白色の堅く締まった磁質の素地。厚手に作られ、口部はゆるやかにひずむ。高台は竹節状に削りだされ、片薄の畳付きとなり、高台内は丸く削り込まれている。高台とそのまわりを土見せとして青みのある釉を厚く掛けるが、露胎部は一部で赤く呈色している。見込みには、鏡のような茶溜まりがあり、その中に砂目跡が大きく三つ残る。京都の医師長崎昌斎(久太夫)が所持したため「長崎堅手」と呼ばれるが、のち小堀遠州の所持するところとなった。小堀家から大徳寺孤篷庵に寄進されたが、のちに松平不昧が譲りうけ、以来松平家に伝わった。

堅手茶碗 銘「長崎」(朝鮮時代、高7.2~7.8㎝/口径13.5~14.7㎝/高台径5.5~5.7㎝、根津美術館、重要文化財)。丸みのある腰とふっくらした胴が、わずかに締められてから口縁で強く外へ捻り返してある、堅手としては珍しい形。灰白色の堅く締まった磁質の素地。厚手に作られ、口部はゆるやかにひずむ。高台は竹節状に削りだされ、片薄の畳付きとなり、高台内は丸く削り込まれている。高台とそのまわりを土見せとして青みのある釉を厚く掛けるが、露胎部は一部で赤く呈色している。見込みには、鏡のような茶溜まりがあり、その中に砂目跡が大きく三つ残る。京都の医師長崎昌斎(久太夫)が所持したため「長崎堅手」と呼ばれるが、のち小堀遠州の所持するところとなった。小堀家から大徳寺孤篷庵に寄進されたが、のちに松平不昧が譲りうけ、以来松平家に伝わった。

NL946 李朝初期 李朝粉引堅手平茶碗・茶盞☆古玩朝鮮陶磁器_下記の画像もご覧下さい。

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