Ikebana by Atsushi, Japan

彼岸過ぎ迄//このところ、気力も体力も吸い取られて半病人のようだと思っていたら、やはり彼岸である。 毎年春の彼岸の頃には体調が下降するのだが、それは、母の命日が彼岸の入りに当たり、七回忌を迎えた今は、わざわざ蓋をあけて覗くようなことはしなくなったが、日に日に蛇に呑まれていくような、肉親の姿を見つめる外なかった病室の記憶が意識の底で蠢くのか、それともただ単に陽気や気圧の変動の所為なのかわからぬが、彼岸の時分には、異界の磁場が口を開け、足許の砂が退いていくような感じがする。 こういう時には一週間、電話線も引き抜いて眠り呆けたい誘惑にかられるが、幸いそれを果たせずにいるのは、急には代理の立たない仕事のあることと、離れて暮らす老いた父のいるお蔭。 もっと気儘な身分だったら起きあがれなくなっていたかもしれない。 先々、歳をとって身寄りや仕事が無くなっても、私が出張らないとダメだと思いこめる何かを負っていないと、私のようなタイプは危ないな、と、けっこう真剣に思っている。

Ikebana by Atsushi, Japan

菊の頃 一花一葉 by アツシ //朝夕の冷えと菊の花の香り。

Ikebana by Atsushi, Japan

献花//大場秀章氏の著書『植物学のたのしみ』の中に、埋葬の習慣を持っていたネアンデルタール人の墓から発見された骨と共に、ノコギリソウ、ヤグルマギク、ムスカリ、ウスベニタチアオイなどの花粉が検出されたという話が書かれていた。 彼らは花を愛で、旅立った家族の胸に花を散らしながら悲しみに暮れたのだろうか。 野性味溢れるネアンデルタール人の復元画を見ながら想像すると、妙に心を打たれる。


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